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2006年1月31日

甲府城木工事レポート8

渡櫓門冠木の仮組です
両方で長さが14mになります
ケヤキの材を使用してます
クレーンで吊らないととても人力では持てません

現場へ持ち込む前に仮に組んでみて
スムーズに工事が進むように
入念に継ぎ手をあわせてみます

組むことができました
一度組むとはずすのも厄介ですが
現場で困らないようにはずすこともできるようにするのは
至難の業です


2006年1月27日

「屋根 その1 茅葺き」

今回のテーマは、屋根であるが、ひとくちに屋根といってもさまざまで、気候風土や歴史により様々な形態と形成される材料によっても種別される。木造建築が古代に始まったときより、屋根が一番の工夫を要し、また必要不可欠のものであった。自然材料の中から、葺き材として、植物が多くは用いられ、草として熊笹の葉や、葦などの茎、木材を割った板葺きなどが代表であった。また、石材(鉄平石、玄昌石、大谷石)を葺いたものもある。6世紀になると、大陸より瓦の技術が入り、日本の屋根の大半を占めるようになってきた。その他に、金属屋根を葺くこともあり、銅板や亜鉛板、最近では、鋼板に亜鉛やアルミ層を形成させた商品もある。また、新建材のセメント系の商品も、多く出回っている。
まず、その1として、茅葺をとりあげたいと思う。(写真1 秋田 クサナギ家 重文
茅葺きというのは、日本の各地につい最近までは、数多く現存していたが、今では、ほとんど葺き替えることなく、残っていたとしても、トタンに覆われて、補修され、建て替えの際には、ほぼ消滅してしまう。山村などでは、まだ、残る可能性があっても、建築基準法の都市計画区域内では、よほど特殊ケースでない限り、可燃物であるから、屋根を葺くことはできない。また、材料を取る茅場もなく、また、それを葺く職人や、地域住民組織も姿を消している。このままでは、一部の保存運動がされている特殊な地域のみに残ることとなろう。

その地域のひとつである京都府の美山町には、まだ、美しい茅葺きの集落が住民の手で継承されて、茅場も有り、町並み自体が観光地となっている。生活しながらの姿が残っており、一度は訪れたい場所のひとつである。(写真2 秋田 土田家 重文
さて、茅葺きを実際に葺いた経験は、一度だけではあるが、足助城の物見櫓写真3 愛知県豊田市足助町)の復元において施工した。この建物は、400年前の中世の山城の復元建物のひとつで、発掘により、掘建て柱を建てた穴が発見され、その穴をそのまま利用して、当時を想像して、復元された。発掘では、瓦や石が発見されなかったので、草屋根ではないかと想像され、草屋根で復元した。
まずこの屋根の材料調達から、工事は始まった。このあたりには、これだけの量の茅を調達することができないため、静岡県の富士山の裾野まで、注文に行った。そこは、自衛隊の演習場内に自生している茅で、全国の文化財の建物の屋根の注文を受けており、夏までに注文をしておかないと、残りは、燃やしてしまうとのこと。茅の刈り取り方法には、2種類あり、機械刈りと手刈りがあり、手刈りの方が若干コストが高いが、長く茅が採れる。そこで、手刈りの茅(4トン車2台分)を注文した。価格は、数十万円(運賃込み)だったと思う。現場に運ばれてきた茅は、すべてが使用できるわけではなく、良い部分だけをより分けると約半分の材料しか利用できなかった。

茅葺き職人は、この地方でただ一人の下山村の職人さんに依頼した。彼は、足助屋敷の茅葺きなど、多くの建物の工事に参加している。茅をふくためには、通常かける足場の巾では、茅を置くことができないため、1間の巾の足場を組んだ。茅は、竹と縄で組まれた垂木にミシンの針の巨大な道具で、約30cmの厚みに積み上げられた茅の束を貫通させ下の方から、丁寧に藁縄でしばられていく。茅の表面を整える篭手をリズムよくたたきながら、穂先をそろえて、屋根が葺かれていく。篭手の裏には、山形の筋が何本もつけられ、うまく穂先が引っかかる工夫がなされている。最後に棟部分を積み上げ、はさみで、丁寧に芝を刈るように軒先から切りそろえられ完成する。
茅は、断熱材としての性能も備え暖かい室内を保っていたのではないだろうか。また、室内で、囲炉裏などを燃やすことで、虫の発生や、腐れを防いでいた。屋根自体の痛みは、やはり、北側の方が傷みが早く、気象条件にもよるが、約20年ほどで、葺き替える必要がある。一度に葺き替えるには、費用もかさむため、年をずらして、片面ずつ葺き替えることもされている。また、茅葺きの古い民家の屋根裏にあがると、必ず、茅が貯めてあり、補修や葺き替えのための準備がなされている。
伊勢神宮の本殿も茅葺きであるが、専用の茅場をもち、遷宮のおりに葺き替えられる。ただし、伊勢神宮の場合は、下地に銅板が張られている。
次回は、くれ板葺き(割り板)について、掲載したいと思います。


2006年1月26日

土間

土間は、古来より家の中の床として使われ、縄文時代の竪穴式住居の時代よりある。直接その上に座ったり、寝たりするケースでは、上に藁やムシロを敷いて使用した。京都の町屋建築では、表の道路から、住居の奥まで続く、「通り土間(とおりにわ)」が必ず設けられ、人の通路としてだけでなく、風の通り道としても利用された。このつくりは、各地の宿場町などに建てられている町屋にもみられる。土間は、水や火を使用する台所や、玄関部分の人の出入りする部分に用いられる。農家などでは、農作業の手仕事部屋としての利用として、玄関としてだけでなく、おおきなスペースがとられた。また、明治頃までは、寝室を土間として、厚い藁の層を設け、その上にムシロを敷いた、ベッドのような利用方法も存在した。一見、貧困だから、床が張れずにそのようにしたという説や格式により、差別したということもあるようだが、この方法は、非常に暖かく、湿度の調整もなされ快適だったようだ。
土間の製造方法については、各地で、若干違うようだが、概ね似ており、「たたき」といわれる工法でなされている。
「三和土」と書いて、「たたき」と読ませることもあることから、多くは、粘性土、消石灰、にがり(あるいは塩)の三つの材料を混ぜて、専用の手道具でたたくことから由来しているのではないだろうか。

粘性土は、できれば山から掘り出されたばかりの若干の湿り気を含んだ粘り気のある土が良い。粘土とは違い、あくまでも土である。今では、なかなか手にいれることが、困難ではある。たまたま、愛知県では、まだ入手が可能である。
消石灰は、市販されているものを利用するしかないが、本来は、生石灰を反応させて、ゆっくり消石灰になったものを利用したようだ。土を固めるための凝固材の役目をする。
にがりは、水分供給のためにあるようだ。乾燥しやすい場所では、特に含有量を増やしたり、メンテナンスで、にがりの希釈液を散布したりするのに用いる。使用しないと、ドライアウトを起こして、表面が割れたり、ほこりが舞ったりするようになり、しっとり感がなくなる。また、カビの抑制効果や殺菌効果を高めるためにも含ませるようだ。
著者が、施工してきたケースでは、「二和土」で、粘性土と消石灰だけで施工している。ただし、メンテナンスには、上記のにがりの希釈液を必要とするケースもある。
薄い層を積み重ねるのではなく、10センチくらいの厚みを同時にたたいて仕上げる方がはがれにくいし、ドライアウトを起こしにくい。土の中に含まれる砂利なのど粒度分布が、微妙に仕上げに左右するので、経験をつまないとなかなかうまく仕上げることができない。
日本だけでなく、世界中で、土間の仕上げ方法があり、中国などでも、道具は違うが、まだ、現役で使用されている地域は各地にある。粘性土だけを、念入りにたたいて、仕上げることも、土の種類によってはできる。
現代の土間は、プランの中に持ち込むこともあり、土が湿度調節を行ってくれる場としての提供や、コンクリートの上より足が疲れないなどの効用もある。しかし、メンテナンスを怠ると土埃もたつので、メンテナンスに自身のある方だけにお勧めしたい。ただし、よく似た感触を楽しむために、工夫されたたたき専用の左官材料もあるので、それを試すことは、推薦できる。いずれにしても、土間のある暮らしは、郷愁ということもあるかもしれないが、工夫次第では、楽しい暮らしとなるのではないだろうか。


2006年1月25日

木建具 について

最近では、骨董市などでも多くの木建具が出回るようになった。昔の木建具の職人さんの技術には、目を見張るものがある。古い建具を新築の建物にリユースすることも、一部の興味ある人の間では、利用されつつある。
アルミサッシが出回る昭和40年代から、急速に外部の木建具は姿を消し、高気密な家が、高級な家の代名詞になってきた。逆に昔ながらの木建具の家は、すきま風のイメージが作り出された。アルミサッシ登場から30年たち、木建具が見直されるようになってきたと思う。

アルミサッシは、熱伝導率が高いために、結露の被害も増え、カビやダニの原因にもつながった。もちろん、高度成長により、暖房器具やエアコンなどが急速に供給されたために、建築の施工方法が追いつくことができず、住む側の住まい方にも問題はあった。
今のペアガラスのアルミサッシは、住宅の間取り上有効な断熱性能を引き出し、結露防止には有効な手段である。それと同じような効果を木建具で表すには、雨戸+ガラス窓+障子が必要である。ゆとりがある場合は、縁側を設けて、居室への外気の流入を防いでいた。硝子が無い時代には、雨戸と障子だけで、開口部を形成していた時代もある。
古い住宅のなかで、通気の工夫のために多く用いられたのは、無双窓である。外部に利用されるときは、外気の流入調整を行いつつ、防犯性能を有した優れものである。さまざまな部位の建具に利用され、床下の空気の調整や、部屋と部屋の間仕切りに利用されたりした。意匠性もでてきて、数奇屋建築などでは、波型模様の無双も登場した。
障子は、雪見障子のような実用的なものから、図柄や絵を組んでいく複雑なものもある。
ふすまは、障子の枠に張る紙が、重ね張りされ、間仕切りなどに用いられ、発展段階で、枠が漆塗りのものが登場した。軽量なふすまは、板戸などと比較して、価格も安い。現在のふすまは、下地は、新建材のものが多く出回る。

板戸は、杉板を利用したものが多いのは、大木に杉が多かったことのように思われる。地方によっては、ケヤキの材が使用されているケースもある。
木建具は、メンテナンスさえ、定期的にすれば、長い実績の中で、建物以上に長持ちすることもあるので、無垢材を利用されることをお勧めしたい。最近のつくりでは、ゴムなどを用いて、密閉度の高い窓をつくることもできるようになった。しかし、コストでは、材料となる良質木材の不足と後継者不足のため、上昇しつつある。使用するかどうかは、施主の経済的な部分にゆだねられるが、今作った木建具が、50年後に骨董市で売られるかどうかは疑問がのこる。


2006年1月23日

木の家の良さについて「土壁」

日本の木の家(民家)において、不可欠なのが、土壁です。家全体の素材の質量からいうと、木材よりも、土の量の方が多いかもしれません。土は、壁をはじめとして、屋根瓦の葺き土や、土間の三和土としても使われています。このことから、“木の家”というより、“土の家”と云えるかもしれません。壁は、木造の建物の外壁や内壁に使用されています。伝統的な建物では、土蔵や城郭建築や土塀では、大壁の仕上げがなされ、柱が見えないように、柱の上に土壁がかかっているものが多いです。住宅では、九州から東北地方まで柱の見える真壁で、建てられている建築物が多く存在します。
住宅の真壁構造の土壁は、土をつけるための、小舞が組まれ、その上に荒壁が施工されます。小舞は、主には、竹が用いられますが、地方によっては、葦や木が使われる場合もあり、その地方で、まかなえる材料が使用されたようです。

使用される土は、粘性土が使用され、愛知県や三重県では、露天堀で、新土が掘削されていますが、全国的に需要が減り、田んぼの土が使用されている地域もあります。最近では、田んぼの土を使用したことにより、土に農薬が残留していたために、健康被害が出た例もあり、材料の厳選には、注意をはらいたいものです。採掘された土壁は、わらスサと混合され、わらスサが発酵して、繊維が多く溶けこんだ土壁ほど、粘り強くなります。土造りには、時間と手間がかかりますが、何度も混ぜ合わせることが最近では、困難になりました。少し前までは、田舎では、新築されることが決定したら、土造りから入り、施主が自分の庭で、何度もわらスサを混ぜては、練り合わせたようです。建て替えのケースでは、古い建物の土も、もう一度新土に混ぜ合わされ、リサイクルされました。古土は、たくさんのわらスサの繊維が溶けこんでおり、混ぜることは、非常に有効なことであったようです。

土壁の性能について、大きくは5つあると思います。
1) 耐力壁として
土壁は地震に弱いのではないかという誤解があります。各地で最近行われている実物大の耐震実験において、初期の地震力の圧縮に対しての強度が大であり、現在の壁量計算で用いられている数値より2~3倍の数値が得られている。
2) 断熱効果として
断熱材としては、熱伝導率の数値が高く、あまり効果がないように思われるが、実際に施工されている土壁は、実験室の数値とは、異なるように思われる。蓄熱効果などもあるせいかもしれないが、厚みを増すごとに効果が現れる。
3) 調湿効果
空気の湿度を調整をしており、夏の湿度の高い時には、吸湿し、冬の乾燥時期には、放湿して、室内空気の湿気を調整してくれる。バクテリアも住み、化学物質や臭いも分解してくれる効果もあるようだ。
4) 遮音効果
音は、質量が重いほど通しにくくなるため、厚みが増すほど遮音効果はあがる。また、塗り方(凹凸を作る)によっては、室内の音響効果を高める反射音の調整もできる
5) 防火(耐火)効果
不燃物であるから、防火効果があり、特殊な壁としては、旧町並みの中にある宇立(ウダツ)なども隣家からのもらい火を防ぐ、防火壁として設置された。また、室内側では、火事の際には、有効な防火壁として、別室への類焼を防ぐことができる。

 今は、急速に失われつつある土壁であるが、一部の地域では、まだまだ、技術者がおり、施工が続けられている、日本の伝統的建築には、無くてはならない工法であるので、今後も、継承者が続くことを祈りたい。


2006年1月19日

甲府城 現場レポート(7)

昨日の現場の状況です

工事は、地元のゼネコンJVです
現場は、甲府駅のすぐ東で、ホームから見えます
北側には山梨文化会館(山梨放送テレビ局)のすぐ目の前です
クレーン車がたくさん入って、さながら高速道路の建築のようです

渡り櫓門の基礎となる石垣が順調に積まれてます
3月までに石垣工事が完了します

石は地元でとれる石を使用してます
石屋さんの職人も数少なくなり
大工さんより伝統工法のあと継ぎが少ないかもしれません
ジグソーパズルの3D版のような
複雑な組み合わせから野面積みの伝統的なつみ方が
再現されてます


2006年1月15日

やりカンナ

これは藤井棟梁のヤリカンナです
法隆寺の木材はヤリカンナで仕上げてあります
円柱も梁も、建具まで

刃物の部分は足助の鍛冶屋さんが造りました
柄は、故西岡棟梁の御自宅にあった古建具の桧を使用
仕上げに拭き漆がかけてあります

刃物の部分は柄に差し込んであるだけで
簡単に抜くことができます
刃物を研ぐときに外れないと不都合ですからね

今ではほとんど使う機会のない道具です
時々、床の間の板や玄関の式台に表情を持たせたい
時などに藤井さんにお願いして
ヤリかんなで仕上げてもらいます

柄の中の穴はどうやって掘るかというと
ナタで柄を割って、刃物の型をとり
その墨にそって穴を掘り
割った部分を接着してます


2006年1月14日

法隆寺に学ぶ 第二弾

回廊東南より金堂と五重の塔を望む
日本に国宝の建物は213棟
そのうち法隆寺に 18棟ある

光りつけ

回廊の○柱がみごとに光りつけされている
ひかりつけとは、自然の基礎石に石を削ることなく
木に石の形を写して、ぴったりとあわせる技術です
先人の匠のすばらしさに感嘆です
実際に自分でするとなかなかあいません

土台もひかりつけされてます

柱は根継ぎがしてありました
千年以上もの間
構造計算もなく建物は持つのです

昨今の建築士の問題は、なげかわしいものです
大工の経験に勝るものはないでしょう


2006年1月13日

甲府城歴史公園 木工事レポート6

棟梁を紹介します
藤井利和さん
故西岡常一さんを師匠に薬師寺玄奘三蔵院の復元では
副棟梁にて活躍
その後足助に戻り、弊社の仕事を助けてくれてます

木工事の加工場は足助の町から東南に車で15分登った
山奥です
途中昨日でも昨年末に降った雪が道路の上で融けていなくて
アイスバーン状態の中、大工さんたちは通ってます
現在、ケヤキの柱の加工がほぼ終わり

ケヤキの柱にホゾ穴を掘ってます

小屋組の地松を加工してます
氷点下の中外で松丸太は加工されてます
ほんとうに寒いなか
夕方は暗くなると投光機で仕事してます


2006年1月12日

法隆寺の土塀

3年ぶりに法隆寺を訪ねた。
南大門前に以前はあった無料の駐車場がなくなっており
お土産屋さんの無料駐車場にとめることとなった。
法隆寺の南大門を抜けると両側に土塀がある。
この土塀は法隆寺の数ある土塀の中でも
最も丁寧に施工されている。
今から10年ほど前に
法隆寺の宮大工棟梁である
故西岡常一棟梁の御自宅に伺ったときに
法隆寺には学ぶところがたくさんあり
土塀ひとつとってもたくさんのお話をうかがったことを思い出した

この土塀は、新しい粘性土に混ぜて、古土も入れながら
焼き杉の板の型枠をいれて、一寸○の樫の棒で丁寧につついて
押し固め、1寸の厚みずつに層をなしていく構造
コンクリートよりも耐久性があると言われてた
壁の上の方は軒下となるため
施工した当時の型板の木目が残っている
下部は、雨により侵食されている

風雨にさらされても強い土の壁
上部には型板の木目が残る

この土は大きな鉄のなべで一度焼いてあるそうだ
昔は、法隆寺の中にそのなべがあったそうで
それを探しに行ったけど
棟梁の言われた場所にはなかった

夢殿へと向かう通路の南側の土塀
あきらかに土の積みかたが違う
一度に3寸から4寸の厚みで固められている
古い瓦も混じっている
丁寧さがぜんぜん違うから
持ちも違うんだろうなあ

だから丁寧な仕事しないと