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2006年9月28日

インド旅行記13 サルナート2

サルナートの鹿公園の中でひときわ目立つ高い建物は、ダメーク・ストゥーパである。
この塔は、6世紀につくられたそうで、レンガを積んで建てられている。
仏教徒は、この塔の廻りを廻りながらお祈りをする。
ネパールからの信者がお祈りをささげていた。足場が、組まれ修復がなされている。
ストゥーパは、”土を盛り上げたもの”というサンスクリット語らしい

日本ならとっくに地震で倒れているだろうなあ

広がる遺跡群
きっとたくさんの仏教を信じる人たちが修行されたであろう
僧院のあとのようです

ほとんど基礎部分のみが残されている
すべてレンガ造りである

緑が美しい

サリーを着た女性が、遺跡の修復をしていた。
もっと作業しやすい服装もあるかと思うが、インド女性のみだなしなみには、敬服する。農村でも、農作業をサリーでしている姿を何度か見た。

レンガの目地を詰めている女性
裸足である
この方たちは、公務員なのかな?
日本的な常識は通用しない世界
ゆっくり、ゆっくりと時が流れている

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2006年9月26日

インド旅行記12 サルナート

ここは、仏陀(釈尊)が、初めて説法を説かれた初転法輪の地です。
バナーラス郊外の鹿野苑(サルナート)にて、かつて一緒に修行した5人の修行者に会って、そこに集まった鹿をはじめとする動物たちにも、自分の覚られた真理を初めて語られました。
 ここで初めて語られた言葉から仏教は始まりました。
まさに仏教の発祥の地であります。
私の後ろに写る寺院は、ムールガンダ・クティー寺院

寺院の内側の壁には、日本人画家 野生司香雪が戦前に描いた仏陀の生涯の絵が描かれています。
”天上天下唯我独尊” の釈尊誕生の絵です

中に安置されている黄金の釈迦如来像
両手で結ぶ印は、説法印をあらわすそうです


2006年9月25日

インド旅行記11-バナーラス(ベナレス)にて

インド旅行記11
ガンガー(ガンジス河)での沐浴場として有名な場所である。
ガンガーは聖なる水であり、沐浴すれば、すべとの罪は清められる。
ここでは、死体を遺灰にして流す。幼児の亡骸はそのまま河の中央まで船で行き流す。
朝早くからたくさんの巡礼の人々が集まる。
この日は、ガンガーの流れが急で、警察の許可が出ず、舟で漕ぎ出すことができなかった。舟に乗り待機して待っていたが、結局出れなかった。
輪廻転生を願う場所であり、神聖な祈りの場所である。
このようなガートと呼ばれる場所が65箇所河岸にある。
大きな傘の下には、バラモン(お坊さん)が座り、説教をする。

濁った水であるが、神聖な水である
日本人の感覚では、なかなかこの中に潜ることは勇気がいる。
しかし、日本に帰りやはり沐浴してこればよかったと、ちょっぴり後悔。
あの場所では、そんな気持ちになれなかった。

女性はサリーを着たまま沐浴する

沐浴場の帰り道で、コブラ使いにあう
インドのイメージの1コマを見た

ガンガーを見渡せる高いホテルのテラスで熱いチャイを飲んだ

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2006年9月24日

Y邸住宅現場リポート1

材料見学

今建築中の現場のお施主さんと娘さんが、大工さんの加工場を訪ねて、自宅に使用される木材の確認に来られました。今回は、大黒柱240*240(8寸角)、通柱 180*180(6寸角)、根固めに杉の120*240(4寸*8寸)をいれた住宅です。
大工はベテランの鈴木さん、これまでも何軒もの私の設計の家を手がけてくれてます。
この現場は、ナチュラルパートナーズを立ち上げて、初めての住宅施工現場としてスタートしてます。

墨付け

根固めの杉材のホゾの仕口加工を木に付けた墨で説明してます
組み立てに工夫が必要です

基礎工事完了

フラットベッドのベタ基礎です。この上に御影石の土台下基礎を施工します。
柱状地盤改良がされてます


2006年9月21日

甲府城レポート24

9/17の状況
工事は順調に進み、左官さんの工事もほとんど下地ができあがりました。
屋根の瓦葺きと平行しながら、妻の木連格子の取り付けとミノコ部分の下地の納めをしてます。藤井棟梁は、こつこつ一人で、日曜日だというのに黙々と仕事をしてます。
仮の屋根があるために雨の日でも工事ができるのは、普通の住宅とは違います。

真ん中あたりで上に斜めに延びてる桧の柱のようなものは、シャチをつける心棒です。

垂木の上に化粧野地板を葺きその上に野垂木で反りを出して、また野地板を張って、大工さんが下地を組んだあとに、屋根屋さんが、とんとん葺きをして本瓦葺きとします。


2006年9月19日

仏陀苦行の地

インド旅行記10

スジャータ村からブッダガヤへ戻り、四輪駆動車に乗り換え、前正覚山へと向かう。途中、舗装もしていない地道をとおり、運転手同士のラリーにも似たレースのうちに山の中腹に到着。

車を止めたところより徒歩で10分ほど歩くと寺院があり、その上に仏陀が苦行された洞窟がある。これは洞窟の入り口。(写真は龍村修先生)

洞窟の内部に苦行の姿の金色に装飾された仏像が安置されている。中は広さ6帖ほどで、蒸し暑く、大勢で入ることにより、まるで岩盤浴室のようになってしまった。蚊の大群の攻撃にあいながら、般若心経をあげる。苦行とは程遠いが、シャツがしぼれるほどの汗をかいた。出たときは、達成感を感じたのは私だけであろうか。

洞窟の前から眺める風景
ここは大陸なんだと広大さを感じる
時がとまっているような瞬間
住民たちが、物乞いに集まり、しばし考えさせられる
ポケットの小銭を渡すがきりがない


2006年9月18日

スジャータ村へ

インド旅行記9

大菩薩寺からバスに乗り、河を渡り、スジャータ村へ
遠くに見える大菩薩寺本殿
この河はブッダが沐浴された河である

スジャータ村で見かけた土壁?
いや牛の糞を壁につけて乾かし燃料としている
このような光景はインドのどこでも見かける
この糞一塊は、燃料として売られる時の値段は1ルピー程度らしい
牛の糞は、日本人がイメージするほど汚いものではない
植物しか食べないので燃える
リサイクルとしては究極のエコロジーである

スジャータとは、ブッダにミルク粥をだして、過酷な修行でやせ細ったブッダが断食をやめることとなったきっかけを与えた娘である。この娘の村として聖地となっている。

この場所から見た正覚山
この山は、ブッダが修行された山です

いかにも神秘的な雰囲気を遠くからも感じさせます

スジャータのストゥーパ
レンガつくりの日本でいえば古墳のようになっている
最近発掘されたようである
元の部分を覆い隠すように、何重にも積んであるそうだ
少し前までは、土の山だったと、龍村先生の証言


2006年9月13日

大菩薩寺2

インド旅行記8

本当に美しい園内である。孫悟空が天竺についたときの漫画のシーンを思い出した。この建物の半分くらいの高さの壁に、大きなグリーンのインコが巣を作っていた。動物園でしかみたことないインコが実際に野生で飛んでいるのを見たことに感動した。

前回に引き続き大菩薩寺内の写真。本殿前には、発掘されたストゥーパが建てられている。日本の五輪塔の原型かな。

本殿入り口横の建物で、五体投地での祈りが捧げられる。我々も、このあとで五体投地にて世界平和の祈りを捧げた。

ブッダが6週間の瞑想をした場所で、大雨が降ったときに、大蛇の王がでてきて、ブッダの笠になって守ったという伝説の池が寺院内にある。池にそのときの様子を再現した仏像が座っている。


2006年9月12日

ブッダ・ガヤ到着

インド旅行記7
8/26 7:40に今回の最大の目的地のひとつであるブッダ・ガヤに到着。お釈迦様(シッダールタ)が、苦行の末に、菩提樹の下で深い瞑想に入った末に澄み切った悟りを開かれた場所であり、ブッダ(覚者=覚った人)となった場所である。全世界の仏教徒の最大の聖地。その地に紀元前3世紀に建てられた寺院が起源で、マハーボーディ寺院(大菩薩寺)の塔(本殿52m)が建つ。7世紀頃には、ほぼこの形になったといわれる。この建物は、18世紀に発掘されるまで、イスラム教徒の破壊からまぬがれるために、土の中に埋められていたという。孫悟空で有名な玄奘三蔵の「大唐西域記」に記述がある。寺院内は、すべて裸足で、入り口ではきものを預け、石畳の上を歩く。本殿は、現在修復中であった。

本殿内部に黄金の釈迦像が祭られる。以前は、黒い色をしていたと、龍村先生から教えられた。朝早かったこともあり、観光客は少なく、内部での撮影もできた。混んでいるときは、内部に入ることもできないらしい。

本殿の後ろにある菩提樹の木の下に、お釈迦さまが35歳のときに49日間の瞑想をして、覚った場所に金剛座が置かれている。時を越えて、お釈迦様の崇高な息使いを感じた。タイやチベットの仏教徒が深い礼拝をささげる。インドの仏教徒は人口の2.5%くらいらしいことをガイドさんから聞いた。

菩提樹の木
この菩提樹は当時の木の4代目にあたり、樹齢120年になるそうです。スリランカにあった初代の子孫の木を植えたそうです。
この菩提樹の落ち葉を2枚記念に持ち帰りました。私の宝物。

本殿の側面には多くの仏像のレリーフがはめ込まれている。日本でもこれを模倣した仏塔を今年の6月に京都木野の妙満寺で見た。ストゥーパの原型であるのかな。


2006年9月10日

寝台車でガヤ駅に到着

インド旅行記6

8/25 22:00にコルカタより寝台車に乗り8/26 5:30にガヤに到着しました。寝台車は、一等車であり、冷房車であった。この冷房がくせもので、インドの冷房は異常に寒い。冷房は効いてないと冷房じゃないという概念があり、私もこのために長袖のフリースを持っていった。シーツは2枚と毛布、枕が配られる。シーツの間に寝て、毛布をかける。2段ベッドとなっており、下段は、座席の背もたれを倒すとベッドになる。
 ガヤの駅に、寝不足気味に到着直後の写真(後ろに乗ってきた列車)。まだ薄暗い。ひげが少しのびかけている。ホテルに髭剃りが無いために、この機会に初めて伸ばし始めた。

スーツケースはポーターさんが運んでくれる。頭の上に布を巻いて、スーツケースを2~3個を載せてバスまで移動。

混沌とした、ガヤの駅前。舗装はしてなく、大きな水溜りに、人力車、オートリクシャー、牛、豚、ヤギ・・・・インドでは普通の風景。しかし、こんな早朝になんでこんなに駅前に人がいるのか不思議。さすが、10億人の国。

ガヤの駅舎。道端で寝ている人をみかけるのも慣れてきた。気軽に手を振ってくれた赤シャツのお兄さん。この人の仕事は、たぶんポーターさん。右のスカートのような腰巻した人は、なんでここにいるのか?わかんない?
何をするわけでもなく駅に集まっている人々がいる。それぞれが分業されたインド人は、それぞれの仕事以外はいっさい手をださないから、遊んでいるようにもみえる。
ここから、バスで仏陀の悟りの地であるブッダ・ガヤへ向けて出発。次回に続く。・・・・