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2011年9月21日

宮古島へ

9/14、15,16と宮古島へ行ってきました
台風15号の影響もありましたが、無事戻れました
あのときの台風がまた、明日には、名古屋へ向かっているとは
信じがたいですが、勢力を増しているので
明日は、注意が必要です
宮古島の家のレポートです
1月に建具を入れてから8カ月ぶりの宮古島でした
台風の洗礼を受け瓦が緩んだとの証言から見てまいりました
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外観はすっかりグレーの色に変わりました
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杉の外装板は、思ったほど浸食されておらず、きれいに色が変わってます
無塗装です
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台風対策のワイヤーですが、鉄の部分は、もう錆びついているので交換時期です
このワイヤーで台風の軒の浮き上がりを防止してます
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瓦は、全くずれてません
風速40m以上でも影響なし
60mがくると心配はありますが、全部、ステンレスの釘で留めてありますので
一度に飛ぶことは考えにくいですが・・・・
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内部の壁は、土壁のままです
いいかんじになってきましたので、漆喰での仕上げは必要ないかなという感じです
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すばらしい夕焼けです
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毎日のようにこんな空が見れます
大自然を感じる宮古島
360度を見渡せる
名古屋には無い、大きな空でした


2011年8月11日

□ 夏季休暇のお知らせ

暑中お見舞い申し上げます
連日の猛暑が戻り、熱中症も心配される日が続いておりますが
皆さまには、十分体調の管理にお気をつけくださいますよう。
弊社の夏季休暇は、
8月12日(金)~8月16日(火)となります
東北では、初盆を迎える中、いまだ、多くの方が行方不明という状況であり、
がれきの撤去もまだとのこと。
猛暑による仮設住宅のシックハウスも発生しており
阪神大震災の時と同じことが起こっており、教訓が生かされていないことに
建築士として情けない思いです
また、充分な援助もできないままに、5か月目を本日迎え
被災されました方へ
心よりご冥福とお見舞いを申し上げます
大江忍


2011年7月5日

福恩寺改修工事ー小屋組みにハネ木を組み込む作業

今日の現場は、たいへんな暑さです
屋根がある現場なので、直射日光は、ないのですが、その屋根が仮の鉄板屋根ですからたまりません。
猛烈な名古屋特有のねちっこい、湿気のある猛暑の中での作業は、大工さんにとっては大変過酷な作業となりました。
小屋組みの丸太のハネ木を組み込みます
この丸太で、軒の深い屋根を吊り上げています
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大工さんが4人で丸太を組み込みます
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妻の飾りです
彫刻がここにつきました
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2011年6月20日

□夏ギフトに最適!!宮古島の最高のマンゴーいかがでしょうか?ご紹介します

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今年もマンゴーの季節がやってきました
今年は、5月に台風2号がやってきて、宮古島では、風速50m以上の風が吹き、大きな被害をもたらしましたが、マンゴーのハウスは、大丈夫だったようです。
弊社で、設計施工した、渡部さんの娘さんが、通販で、ギフトを受付してます
宮古島の家紹介ページ
是非、ご親戚や友人への夏ギフトして、ご案内いたします
ご賞味頂ければ、違いのわかる美味しさです
ご注文は、こちらへ
てぃだのゆりかご舎
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(大江からのご紹介です)


2011年6月9日

大船渡市からの手紙を紹介いたします

この度の東北地方の大震災で、陸前高田市の菅野照夫氏に対して、皆さまのご協力を賜り、心より感謝申し上げます。
菅野氏を通じて、支援物資を受け取られました方より、私宛にお手紙をいただきましたので、ご報告を申し上げます。
大船渡市に在住の近藤夫妻からのお手紙で、津波で、家の1階部分を流され、家財道具は、全部流されてしまったのですが
建物は、奇跡的に残ったところから、復興をされております。
お仕事は、いかだで,ホヤやカキなどの養殖をされておりました。
以下 お手紙(H23/6/2消印)より
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大江様
あの節は、ありがとうございます。
先日は、ぶしつけに挨拶いたしました。
お陰様で、こうして生きております。
色々と心あたたまる物資を、そしてお土産まで、頂戴いたしまして、心より御礼を申し上げます
着のみ着のままでの避難でしたので、必要な品々が、手元に届き助かりました
皆さまに分けるようにと預かってきた物資の品は、仮設に移る時に、毛布の必要な人、
お鍋の必要な人(仮設ではない方)
生理用品は、被災したしないに関わらず購入先のない方へとただ分けるのではなく
一人ひとり必要な品が違いますので、私の預かった分は、お渡ししました
この物資は、ひとりひとりの集まりの中で、いただいたことをお話ししました
「いただいていいの?」と一言お礼を言って持っていかれましたので、食品の方は、頂いた時に
すぐ避難所ではなく、個人拓に避難された方々に分けて、喜んでいただきました
被災者になるなんて夢にも思ったことはなく、
津波訓練も「おらいまでこないから」と避難したことがない私でした
35年のチリ地震津波は、津波の跡は見たことがありましたが
「まさか」と思うばかりで家族との話で「昔からここまで来たことはないし」と
親戚で、海岸に家があった人たちが避難してくるところだったのです
ところが、今回は、がれきの撤去が終わってみると、それほど高くもなく、海がすぐ近くだと感じます
「想定外」という言葉がたくさん使われますが、まさにその通り
15秒遅れていたら、あの駆け足で登ってきた波にのまれたと思います。
速い速い間に合わないと思いました
車をバックして高台へ向かうのに
テレビの動画を見ると、私も生きた事が不思議なことだったと思います
生きた私が皆さまのたくさんの心が届き生かされ仮設ではありますが、家族で息をつく場を与えられ
ほっとしています
私は、敷地内ではありますが、仮住まいです
お陰様で毎日片付け、修繕と一歩一歩進んでおります
ありがとございます
大江様お身体を大切に
心温まる心を私たちに皆さまよりいただいたことは忘れる事なく
他の地になってほしくない災害が起きたなら
私たちがすべきことはよくわかりました
大船渡市 近藤
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別紙に記入されていたこと
東日本大震災での救援物資の使い道
・卓上コンロとボンベのおかげで土鍋でごはんたきました
・まきストーブは、暖をとること、お湯を沸かし体を洗う、食器を洗うことができました
(がれきの山で、まきはたくさんありました)
・発電機は、夜、二時間の明るい灯りに、昼は、洗濯機、電気のこぎり、と生活の仕事に使用させていただきました
・懐中電燈は、電気が40日以上なかったので身から離すことなく使用しました
 明るさを全体に広げるために、頭の上に吊るし、スーパーの買い物袋で包み、柔らかい光となり
 ローソクのあかりとは違った、頭の上から照らす灯りにほっとしました
・毛布、寝具類 5月末に仮設に移られた方々へ配布しました(個人名3人ありました省略)
 仮設には人数分の夜具がありましたが、なにぶん寒いために、喜ばれました
・ラジオは、塩害のために全部使用できず、唯一のニュースと心の安らぎとなりました
 今も毎日使用しております
・ガソリンは、車ニ台に少ししかなく、助かりました。
 発電機を動かすためにも、大切に大切にしました
・食品関係 すぐに分け合い、何を買うにも買うところがなく助かりました
・カップラーメンは、湯がストーブで沸かせて食べました
 (今でも1日に1食食べてます
電気、水道、通信網、
電気は、ローソク、電燈で変わりますが、通信だけはどうにもならず連絡がつかない不安、生きていればいつかは
確認できますが、亡くなった方々を知るには、歩く以外なかったのです
一度、生きていたと確認できた甥が亡くなっていたのがわかったのが、4,5日後となり、それも「遺体で見つかった」
との伝達でした
”何が必要か”と問われてもすぐには浮かばない
”使えない””ない”とわかってから必要なものがでてくる
それが今回の大地震、大津波の時の経験でした
準備しきれないものもわかりましたし、水没してしまえば使えないが乾かすことも大切ともわかりました
水道は、給水車と井戸水を汲めば、あらためて、井戸のありがたさがわかりました
飲み水は、ペットボトル、給水車のみとしました
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このように、現地の状況を切々と書いていただきました
この手紙を読みながら、被災地の苦労を思うと涙がとまりませんでした
こうして、メールに書き写すことで、被災された人々のご苦労は
計りしれないものだと感じております
今後は、心のケアも含め、早期の復興が政府によってなされることを節に願います
長文となりましたことをお許しください
近藤様の思いを皆様にお伝えする義務があると思い
ここに書き記しました
(大江忍)


2011年5月22日

天白川に鵜がいました!

昨日、いつものパン屋さんにランチを買いに出ると、会社の前の天白川に、なんとがいました。
日進に来て42年経ちますが、初めてみました。
長良川の鵜飼で見て依頼でした
携帯で写真を撮ろうとすると、飛び立ちましたが、うまく写ってました
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身近な自然を大切にしたいですね


2011年5月19日

太陽光発電を設置しました

御立町の家完成引き渡し
太陽光発電を屋根の上に載せた住宅の完成引き渡しを今週いたしました
弊社でいつも現場で働いて頂いている成田大工さんの実家を建てさせていただきました
外壁は、施主の希望でサイデイングとなっております
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屋根に太陽光発電のパネルを設置
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発電用のコンデンサー
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4月は入居しないまま、計測しましたので、売電が47,000円、使用料が3,000円でしたので、44,000円の利益となりました。4月で売電が、47,000円ということで、平均しても40,000円以上は、月々売電できますので、使用料が多い時で20,000円程度ということから月々、20,000円以上は、中電から入金があります。約15年で、設備費の回収予定です。小さな発電所のようなものです。東北の震災の前に決定して設置がしてありましたので、蓄電池はありませんが、今後、蓄電池を設置することで、「非常時」に対応できるのではないかという話になりました。
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1日の発電量です
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和室の天井は、格天井で組みました。100年以上建っていた旧家屋からの材料を再利用しました
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この和室の天井は、棹天井です
この柾目の杉板も、旧家屋からの再利用です
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旧家屋は、100年以上前に、代官の家を移築してきたもので、200年近い古材もありました
床の間の板も再利用です
(大江)


2011年5月12日

彫刻打ち合わせ!

福恩寺彫刻打ち合わせ
昨日、彫刻の駒田さんの作業場で打ち合わせをしました
先日の図面の打ち合わせから、実際に彫っていただいて、微妙な修正です
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駒田さんの家の玄関
彫刻だらけです
時間があるときに、いろいろ試し彫りをするそうです
家も、鴨居差しの立派な家です
最近では、山車やからくり人形の仕事までされてます
住宅に使う欄間は、年に1対あればいいほうで、ほとんど仕事がなくなったそうです
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カエル股を彫刻中の駒田さん
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作業途中のカエル股です
扇子の丸いところや骨の間を彫り込んで、その中にカンナをかけるテクニックには、脱帽の技術です
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虹梁の下絵です
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虹梁の試し彫りで、彫りの深さや凹凸を修正する打ち合わせをしました


2011年5月10日

豊栄町の家! 造作中!

豊栄町の家
外部のサッシの取り付けが終わり、内部の床組みから床張りです
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外壁は、シートの上に板金の予定です
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棟梁の柳瀬さんです
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野地板は、表し仕上げです
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床は、赤身杉板15を張って、その上に断熱材を敷き、杉板25の床板を張ります
ニ重に張ることで、温かくなります


2011年5月6日

福恩寺 材料検査、現寸打ち合わせ

名古屋市中区で、施工中の福恩寺改修工事の現寸打ち合わせと材料検査をしました
豊田市の藤井大工の加工場で行いました
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破風板の現寸型板をぶらさげて、形の修正をします
人間の目の感覚が一番大事で、微妙なカーブを見分けます
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破風板に使用するヒノキの板です
ほぼ無節で、仕上がります
材料長さは28尺ありますが、型板をあてて、節のないところを使って使用します
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右から3枚は同じ木を挽いたものです
見事な天然ヒノキで、長年天然乾燥された、よく乾いた材料でした
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妻の虹梁(こうりょう)です
これに、彫刻をします
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現寸を見て、細かい納まりの打ち合わせをします