名古屋市中区の福恩寺さんの庫裏の修理工事をしております 。
庫裏の一部分の屋根部分の葺き替えと耐震補強、断熱補強です
小屋裏の丸太は、既存のままで、表面をサンドペーパーで削ってきれいにしました
垂木は、4寸角にして厚板の杉野地板に変更です
新しい棟木がのりました
仏式での上棟式です
住職さん親子による読経です
蓮如上人直筆の掛け軸「南無阿弥陀仏」を中心に
上棟式を開催しました
静岡県掛川市の掛川城御殿の修理工事に入ります
今日は、事前の打ち合わせで現場の修理箇所の確認です
掛川城の御殿は、現存する御殿としては、全国でも珍しく京都の二条城のほか4か所しかありません
江戸後期の建築で、重要文化財に指定されております
今回は、弊社は、下請けとして、大工工事、左官工事を請け負います

玄関の束石が劣化しており今回取替をいたします

玄関の外部の床板を修理します

面戸漆喰のはがれの修理をします

外壁の漆喰や、下見板の劣化した部分を修理します
他に谷樋の腐れや、敷居や建具の修理もいたします
年度末までかかりそうです
来週から本格的に修理工事に突入です
(文責 大江)
先週、KG城の天守閣の壁が剥がれ落ちたので、修理をいたしました
思ったより広範囲に剥離しており、当初予想の約三倍の面積でした
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浮いた漆喰を剥がします
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開口部は、浮いてなかったので残します
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中塗りにシーラーを塗布したり、ひび割れにネットを張ります
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消石灰と硅砂と海藻糊を混合して、砂漆喰を作って、下地をつくります
その上に、土佐漆喰を3回塗って、磨きあげて完成です
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梁型が、欠落してしまったので、中塗りから整形をして仕上げます
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下地の完成です
このあと、仕上げましたが、仕上げしたときに現場に行けなく写真がありません
足場もなくなってしまいましたので・・・中途半端な報告ですが
下地は、見えませんので、こちらで我慢してください
仕上げは、いつでも見れます
これで、地震でひびが入らなければ、数十年は持つ予定です
(大江)
今日の現場は、たいへんな暑さです
屋根がある現場なので、直射日光は、ないのですが、その屋根が仮の鉄板屋根ですからたまりません。
猛烈な名古屋特有のねちっこい、湿気のある猛暑の中での作業は、大工さんにとっては大変過酷な作業となりました。
小屋組みの丸太のハネ木を組み込みます
この丸太で、軒の深い屋根を吊り上げています
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大工さんが4人で丸太を組み込みます
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妻の飾りです
彫刻がここにつきました
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MVI 0598
福恩寺彫刻打ち合わせ
昨日、彫刻の駒田さんの作業場で打ち合わせをしました
先日の図面の打ち合わせから、実際に彫っていただいて、微妙な修正です
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駒田さんの家の玄関
彫刻だらけです
時間があるときに、いろいろ試し彫りをするそうです
家も、鴨居差しの立派な家です
最近では、山車やからくり人形の仕事までされてます
住宅に使う欄間は、年に1対あればいいほうで、ほとんど仕事がなくなったそうです
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カエル股を彫刻中の駒田さん
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作業途中のカエル股です
扇子の丸いところや骨の間を彫り込んで、その中にカンナをかけるテクニックには、脱帽の技術です
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虹梁の下絵です
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虹梁の試し彫りで、彫りの深さや凹凸を修正する打ち合わせをしました
今年に入りまして、名古屋で、お寺の本堂の修繕工事をしております
素屋根を鉄パイプで組んで雨が降っても作業ができるようにします。
これから、秋までかけて修繕をいたします。
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素屋根をかけました
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屋根の瓦の様子です
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瓦をめくりますと、土が載っています
大変な量の土です
この土は、一部をリサイクルして、もう一度使用します
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「とんとん」という板を剥いだ薄い板が張ってあります
これで、瓦を通過した雨水を防ぎます
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このような薄い板です
板は、必ず割った板がよいです
最近では、防水シートを張っておりますが、昔は、丁寧に板を張っておりました
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解体前に全ての部材に番号を付けます
このなかで、痛んだ部材は、取替えます
大工さんの手によって、一本づつ部材が外されていきます
これから、屋根の軸組みの歪みや、痛んだ部材を交換して、組立直す作業を行います
(大江)
カムナビの家(御師の家-槙田家)
カムナビとは、神の住む場所を指します
富士山を神と崇め、富士登拝の拠点である北口富士浅間社のある富士吉田市に今回訪れたカムナビの家はある。
文献によると元亀3年(室町後期、信玄がなくなった翌年)
にこの地に移ってきたという記録がある。
それ以来、富士登山の御師として富士講の人たちが泊まる神聖な場所として富士スバルラインができるまでは、多くの人たちがここに宿泊してから富士山への登頂を目指した。
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街道から奥まったところに御師の家は並ぶ
今も名残のある家が立ち並ぶ
間口10m奥行き200mという敷地は圧巻である
中門がある
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中門をくぐると水路がありその橋を渡り、蔵の横を通ると母屋が現れる
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玄関の間8帖
ここの柱も400年以上経っているチョウナの跡をみせる
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下段の間12帖
面取りのしてある柱は、農家とは違う丁寧な大工の仕事を見せている
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梁に残るチョウナの痕跡がくっきり写る
明治初期に改修がなされており、時代の違う材が一目でわかる
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床下は、伝統構法の典型である石端建て
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屋根裏
当初の束と思われる材料が今も屋根を支える
屋根はトントン葺き(ヘギ板)
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調査の合間に皆さんでおいしい自然食のランチ
木の家ネットの事務局の持留家、渡邉さん、北山さん、大江が参加して今後の保存や宿としての再開を目指して、協議しました
重要文化財級のこの建物を
来月は、近くの方たちで、ボランティアでお掃除の予定です
こういう国民の財産が、耐震が足らないという理由だけで、宿として営業することもできず、あとでできた法律に縛られてしまう日本はどこか間違っていると実感してきました。
ご神殿の前の鶴の間に一泊させていただき、先人の多くの人が富士登頂を思い、ここに泊まったかと思うと興奮してなかなか寝付けませんでした
山梨生まれとしては、ご縁を頂いた神様と当主である槙田ご夫妻に感謝です